Cuisine エピソード紹介

Cuisine a domicile

【雨のお庭の三回忌】

霞がかった空に、霧のような雨が舞っている。
緑が豊かに残るこの一帯の中で、突然と広がる欧米風の庭と洋館の前で、傘もささずに車を降りた。

ここはカナダのお屋敷だろか、イギリスの洋館だろうか。
一瞬ここが埼玉県市内であることを忘れてしまうような錯覚を覚えながら、大きな邸宅の門を叩いていた。

3階分は悠にあるだろう、吹き抜けのメインダイニング前の大きな暖炉の前に通され、庭師の手入れが行き届いた広大なお庭を背に、ゆったりとしたソファーに腰掛けながら、依頼主の奥様との打ち合わせにはいっていった。

温かい微笑みをたたえる奥様はゆっくりと今回の趣旨を話はじめた。

「今回お願いしたいのは、主人の三回忌の会なのです。主人が好きだった物や人に囲まれて、久しぶりのお帰りを楽しませてあげたくて…。」

暖炉横に飾られた、1m角もある今は亡きご主人様の大きな写真に語りかけるようにそうおっしゃった。私も奥様が点ててくださったお抹茶をいただきながら、お写真を拝見しながら、話に耳を傾ける。

 「打ち合わせ」

 実際は出張料理という仕事の内容を決めるために行う、通過点でしかないはず。

しかし、お客様の自宅に伺い、こうして一緒にお茶をいただきながら話を聞いていると、いつの間にか以前からの知り合いのような、相談事の聞き役のような、そんな不思議な気分になってくる。
出張料理で大事にしているひとつとして、この「打合せ」の時間である。

こちらとしてもこの時間を特に丁寧にしているのは、ご依頼主の方がどういった趣旨で会を作りたいのか。ご家族構成はどのようなものなのか。会を迎えるにあたって、一番何を大切にしているかを、ゆっくりお話しをしながらお伺いしたいと思っているからにほかならない。
また、料理の仕込みから片付けまで、長時間お客様の私的スペースにはいることになる出張料理。安心して当日を迎えていただけるよう、仕事を請け負うこちら側が、いったいどんな人間なのかを伝えたいとも思っている。

「それにしても素敵なお庭ですね。」
 「ええ、ありがとうございます。主人はね、このお庭がとっても好きでしてね。亡くなる最期の最期までこのお庭をテラスから静かに眺めていたんですよ。」
 と、まるでそこにいるご主人様を眺めているかのような口調で…ぽつり。

私も暖炉横に飾られてある、少し細身のそのご主人様のポートレートに顔を向ける。
 なんともやさしいお顔をされている。
「だから…、このお庭で、主人の好きだった音楽と、花と、料理と、お茶の世界を合わせて三回忌を行ってあげたくて」
 奥様は私に語りかけているような、ご主人様に向かってお話しているような、そんなふんわりとした口調で今回の内容を、言葉を選びながらゆっくりと気持ちを言葉にしていった。

どの写真も笑顔で、明るく、そして絵に描いたような幸せそうなご家族がそこにあった。
「主人のためにね。」
「主人が久しぶりに帰ってくるものですから。」
と繰り返し、三回忌に帰っていらっしゃるご主人様を思い、なんとか華やかな席にしようと考えていらっしゃる奥様の気持ちが痛いほど伝わってくる。

料理の細かい打ち合わせも、お庭での配置や、設置用具。
お茶会から生演奏会、食事会と、全体のタイムスケジュールも確認し、
 「三回忌の頃は、お庭バラの花が見ごろでしょうね。素敵な会にいたしましょうね。」
とお声をかけて、大きな洋館を跡にした。

どうしてもお庭での会を成功させたかった。

だから皐月に入ってから天気予報とにらめっこ。



そして、前日。
どうも雲行きが…  怪しい。

雨が降ると、料理を出す側としてもセッティングから全体のオペレーションもすべて変更になるため、当日の雨を避けたいという気持ちもあったが、それ以上に奥様の「主人が帰ってくるので、主人が大好きだったこのお庭で向かえてあげたいのです。」という思いをなんとかかなえてあげたいという気持ちで一杯だった。

当日は
残念ながら雨。

それでも、ご主人様が生前お庭を眺めていらしたという広いテラスにテントをはり、そこで野点ての準備をし、料理は急遽室内のスペースを使うこととなった。

ハープ、バイオリン、ビオラ、ピアノの四重奏の試聴が始まった。
60名様を越える食事会の為、キッチンでは大忙し。出張料理【Le Macaron YUKA.】では6名のスタッフでお伺いしたが、手を休める暇など1秒もなくフル回転での仕事となった。

ばたばたと料理に集中しつつも・・・料理の準備をしながら、聞こえてくる音色は、時に物悲しく、そしてはかなく。時に広い洋館を華やかに彩られているようだった。
そして何より、たくさんのお仲間に囲まれてご主人様はきっと喜ばれていらっしゃるだとうという、温かい雰囲気のままゆっくりと三回忌を終えることができたのだった。

『出張料理』という料理をお出しする仕事ではあったものの、実際は「故人への愛」「夫婦の愛」というものを、仕事を通して教えていただいたような時間でもあった気がする。

「料理を出して、そしてそれで終わり。」
 そんな機械的な一言では終わらすことなどできないのである。

それが、これまでやってきた出張料理であり、実際そうあり続けようと努力している部分でもある。

三回忌を終え、ご家族・ご親族の皆様、そして何より奥様の気持ちが穏やかにそして満ち足りた気分で次の一歩を踏み出せるお手伝いができるようにと…。。

料理という目に見えるもの以外の部分で、自身の役目をはたせられるようにと、願わずにはいられなかった雨の三回忌。

久しぶりの皐月雨によって、お庭の樹木や草花が、生き生きと喜んでいる気がしたのは
気のせいか。

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